2026年度 合格体験記 生徒⑦
【本文】
僕は姉がひよし塾に通っていたこともあり、
1年生の頃から5Fの書道教室に通っていた。
そして2年生の2月からひよし塾生となった。
正直に言うと僕は最初、勉強が嫌いだった。
しかし3年生になり楽しい先生やメンバーと一緒に
勉強をしているうちにだんだん
勉強がそこまでいやではなくなった。
僕は塾と同時進行でサッカーチームにも所属していた。
両立できるか不安だったが、
玉田先生に
「やるなら勉強もサッカーも100:100で頑張ること」
と背中を押してもらった。
それから、試合後や練習の合間に、
どんなに疲れていても塾に自習に行き、
質問をして宿題を進めていった。
そして6年の6月末に勉強に専念するため、
受験が終わるまでサッカーチームを休会することに決めた。
しかし、休会して今までサッカーをしていた時間
すべてを勉強に費やせたかといえば、そうではなかった。
9月になり、過去問を解き始めた。
しかし、いつまでたっても合格最低点に届かず、
合格できるだろうと軽く考えていたこともあり、
受験までの時間も心の余裕もなくなっていった。
1月になり、人生初の受験日を迎えた。
緊張のあまり、おなかが痛くなり
試験中にもトイレに行ったり、
消しゴムを落としてしまったり、
鉛筆を手にさしてしまったりと思わぬ事故の連続で、
正直もう駄目だと思った。
しかし幸いにも試験の出来には手ごたえがあった。
そして試験の結果はなんと合格。
とても嬉しくて、まずは1つクリアできて、
2月の本番でもいける気がしてきた。
しかしここで問題が起こった。
受験しようと考えているすべての学校の過去問で
1月になっても合格最低点を
超えることができなかったのだ。
特に第2志望校の過去問とは相性が悪く、
全く点数がとれなくて、正直もう解きたくないと思っていた。
そのため、受験校出願の締め切り10日くらい前に、
玉田先生と母ともう一度話をし、
まず2月1日に合格をもらい、
2日から第1、第2志望の学校に
チャレンジしていくことにした。
それから1日の受験校の過去問を解き始めたが、
思いのほか早く最低点を超えることができ、
その後は第1志望校の過去問と算数の苦手な
「速さ」のプリントを有久先生に
もらって解き続け、自信がついてきた。
そして迎えた入試本番。
2月1日は午前4教科、午後2教科を受験した。
午前の算数の試験では1月に対策をした
問題が次々に出てきて自信があった。
試験後、塾に行き、すべての採点をしてもらったが、
社会の出来が悪く、玉田先生に五分五分だと言われ帰宅した。
結果は自分で受験番号を入力し、確認した。
午前、午後ともに合格。
午後はあまり自信がなかったので少し驚いた。
2月2日は午前に第2志望の学校を受験した。
1日目に合格をもらえたことで、
昨日よりも強気で臨むことができた。
結果は不合格。
しかし、できることはやったと思っていたので
すぐにきりかえることができた。
2月3日は第1志望の学校を受験した。
過去最高の算数の点数がとれたが、他の教科で
終わりの時間を間違えてしまったので自信はあまりなかった。
結果は不合格。
2月4日にはまた第2志望の学校を受験した。
この日もまた試験の終わりの時間を間違えてしまった。
結果は不合格。
試験後、塾に明日の最後の試験の対策に行った。
この日、塾に来ていたのは僕だけで、
帰りには全員の先生がお見送りをして下さり嬉しかった。
そして最後の受験日の2月5日は第1志望の学校を受験した。
不合格続きで気持ちも落ちて緊張していたが、
日吉駅に向かうと銀玉の前にいるはずの
玉田先生と有久先生はいなかった。
周りを見ると先生達は少し離れた場所で犬を見ていた。
その光景を見て緊張がほぐれ最後の試験を
楽しもうと改めて思うことができた。
僕は1日目から毎日試験後、
採点とやり直しをしに塾に行っていたので、
最後もしっかり直しまでしたいと思い、
行ってもいいか先生に聞いてみると
「塾で待っているよ」
と言ってもらえた。そして笑顔で送り出してくれた。
すべての試験が終わり、5日目の結果は不合格。
最後まで戦い抜いたので後悔はなかった。
そして5日間走り続けられたのは
サッカーで身につけた体力と精神力があったからだ。
僕は合格をもらえた第3志望校に進学することにした。
ところが第3志望校の入学者招集日に
制服採寸の順番を待っていると、
母が突然焦ってどこかに行き、
戻ってきたので内容を尋ねると
第2志望校からの繰り上げ合格の連絡だった。
とても驚いたのと同時に
どちらの学校に行くか迷ってしまった。
僕は極端だ。もう行く学校を決めていたので、
そこから気持ちを変えるのは難しかった。
帰宅後、玉田先生に母が電話で相談したら
「6年生の最初に行きたかった学校は
どこだったのかを思い出してみてください」
と言われたらしい。
その話を聞いたあと迷ったのは一瞬だけだった。
4年生の時に初めて行った文化祭が楽しくて、
大好きなサッカーも全力でできる第2志望校、
いや今の僕にとっての第1志望校に進学することに決めた。
進学先では、この僕の選択が正しかったと言えるように、
今度こそ勉強とサッカーを
100:100で両立させて充実した
学校生活を送っていきたいと思う。
ひよし塾の先生方へ
4年間ひよし塾でいろいろなことを
教えていただきありがとうございました。
2月1日から5日の間に言われたことや、
今までの授業などで言われたことを
これからも忘れずに日々色々なことに
挑戦して努力していきます。
ひよし塾で学べたことが僕の一生の宝物です。
また会える日を楽しみにしています。
【玉田より】
3年生のころより4年間
ご通塾いただきありがとうございました。
サッカーと勉強を両立することを
目標に3年半取り組んでいただきました。
どちらも100%で取り組むことは
難しい時期があったかもしれませんが
それは次の舞台で
中高6年間で常に100%で全てのことを
成し遂げてほしいと
願っています。
この中学受験生活で得たことは
苦手単元もできるまで粘り強く
取り組み続けられた持続力だと
思います。
結果がでるまで今後も
努力を続けてくださいね。
入試スケジュールの組み立ては
最後までかかりましたが
1日校の傾向を早めにつかんで
合格できる状態で臨んでいただけました。
他の学校も明確な傾向があり
苦戦することがありましたが
最後まであきらめずに取り組んだ結果が
繰り上げ合格につながったと思います。
本当によく頑張ってくれました。
5日最後の見送りの弁解なのですが
6:00ごろに日吉駅に着き
犬の散歩に出くわしました。
そこで犬が明確に私に興味を示してきました。
あんなに犬になつかれたことがなく
少しの間夢中になって撫でてしまいました。
有久先生は昔飼っていたため
慣れた手つきで愛でていました。
気付くのが遅れて
本当に申し訳ございませんでした。
5日入試終了後に最後まで
塾に来て解き直しをしたこと
素晴らしいことだと思います。
今後も何事にも全力で
立ち向かってください。
ご通塾いただきありがとうございました。
またお会いできることを楽しみにしています。
玉田
