2026年度 合格体験記 保護者様⑤


【本文】

約4年に渡る中学受験生活での娘の様子と、

それを見てきた母の思いを記録として

まとめさせていただきました。

すこし長くなります。

妊娠8ヶ月で帝王切開で生まれた娘は、

出生児の体重が1000グラムちょっとしかなく、

出産予定も2ヶ月早まったため、

予定よりも学年がひとつ上がってしまいました。

そのため、小さな頃は周囲と比べて発達の差も大きく、

このまま生徒数の多い公立中学に進むと、

遅れをとるのではないか…と危惧したのが、

中学受験を検討したきっかけでした。

無料のテストを受けると、

そのまま塾の面談にすすめるということを知り、

同じマンションの方がたまたま名前を挙げた

ひよし塾の四谷大塚全国テストと、

もうひとつ大手塾のテストを申し込みました。

勉強は学校と市販のドリルしかやったことのない、

2年生秋のことです。

ひよし塾では、全国テストの前に

算数講習をやってくれるとのことで、

まずはそちらに参加させていただきました。

すると、講習を終えた娘は帰りながら大泣き。

「見たことないような難しい算数を

たくさんやって全然分からなかった。

もう行きたくない」。

失敗した、と思いました。

全国テストの結果も奮わず、

算数の偏差値は30でした。

一方、もうひとつの大手塾のテストは

四谷大塚よりも良い結果で、

問題も娘が好きそうな内容。

そこまでならどう考えても

大手塾の方を選ぶ流れなのですが…。

「今はこんな感じですが、

偏差値50くらいは届きますでしょうか?」

愚問と知りながらもつい聞きたくなることを、

面談ではあえて両塾の先生に聞きました。

大手塾の先生には速攻で

「わかりませんね!」

とバッサリ切られました。

ひよし塾の玉田先生は

「眩しくて見えませんねー…」

と本当に目を細めていました。

そこで我が家はひよし塾に決めました。

大手塾にも様々な先生がいて、きっとその時

たまたまのご縁だとは思うのですが、

ひよし塾であれば、玉田先生が経営者なので

最後まで見てくれること、

相談しやすそうだということは大きなポイントでした。

そんなスタートだったので、嫌がる娘に

まずはひよし塾に慣れてもらおうと、

3年生の時は週1の個別教室に通いました。

先生は玉田先生や伊藤先生の時もあれば、

大学生の先生のこともあり。

娘にとってはその変化が合っていたようで、

「玉田先生に書いた小説を見てもらった」

「今日の先生は大学生なのに

アプリを開発して会社を興してるんだって」

「今日の先生はめっちゃおしゃれで可愛かった」

「今日の先生は幼稚園の先生みたいに優しかった」

「今日の先生とはお腹が痛くなるくらい笑った」

と、毎回の報告が楽しみでした。

勉強の成果よりも、優秀な学生の先生方と

学びを通じてコミュニケーションが

取れることは、貴重な機会だったと思っています。

4年生になり、いよいよ集団クラスで

本格的なカリキュラムがスタートしました。

よく憶えているのは、第1回目の算数授業の日です。

これまで19時には夕飯と入浴を

済ませるような生活だったのに、

帰りが夜になるのが不安でした。

そして苦手な算数を3時間もやって、

また泣いて帰ってきたらどうしよう…と、

待っている時間はとにかく緊張しました。

今思うと、この待機時間は

受験本番よりもずっと緊張していました。

授業を終えて帰ってきた娘は

「頑張ってきたよ!」

と元気な様子で、心からホッとしたのが

強く記憶に残っています。

ただ、ぐっと増えた宿題の量を

こなすのはとても大変でした。

量もそうなのですが、これまで遊んでいた土曜日に、

机に座って難しい演習問題を解かなければいけない

娘のいらだちに付き合うことの方に骨を折りました。

そしてその苛立ちが理解できるくらい、

私にとっても(とくに算数は)難しい問題ばかりでした。

はじめの方は一緒に解いていたものの、

半年もすると諦めて、

母は「こなした量のチェック」だけに

専念するようになりました。

これは6年生終盤まで私の役割で、

朝勉(計算・漢字)の確実な実施や、

宿題のペースの割り振り、

分からなかった問題の質問が

そのままになっているものを、

しつこくせっついたりしました。

学校見学もいくつか行きましたが、

娘にとってはまだ現実味がなく

「早く帰りたい」と言われることも多かったです。

5年生になり、通塾のペースにも慣れ、

友達とも仲良くなり、思い返すと

この年度が一番落ち着いていました。

月例テスト、組分けテストでは毎回少しずつ

点数・偏差値を上げられるようになり、

塾の面談でも

「思っていた3倍以上頑張ってます」

と玉田先生に話した記憶があります。

この年は、とにかく母は情報集めに専念しました。

スマホに残したメモを見返すと、

私が3年間で訪れた学校は23校。

ほとんどはまず親だけで訪れ

(説明会に参加する場合と、通学路の確認で

校舎まで行くだけの場合も)

そこから15校に娘を連れて行きました。

娘が気に入った学校には授業体験、

文化祭など複数回訪れつつ、

親だけで入試や英語についてのオンライン説明会、

合同説明会などにも参加したので、

私だけで軽く50〜60以上は

学校イベントに参加したと思います。

まさにこの時期は息をするように情報を集め、

夫に引かれるほどでした。

情報収集は親にしかできないことである

ということと、決して安価ではない

中学受験と中高一貫校。

知らないことが原因でのちのち後悔する

というのが嫌だったのです。

ただ、情報集めをたくさんしても、

悩みは尽きませんでした。

よく「子供が楽しそうに過ごしている姿がイメージできたら、

そこは相性の良い学校」と言いますが、

どの学校にも魅力があり、

娘が楽しんでいる姿が想像できてしまうのです。

すっかりどの学校もファンになってしまい、完全に迷子に。

ただ「学歴競争を煽りそうな学校は避ける」

「宗教校は荒れがちな思春期のメンタル安定や

リベラルアーツの助けになるかも」

という方向性だけは見えてきました。

娘も何校か気に入る学校が出てきました。

「こんなに環境が充実しているなら、

娘はどの学校に行っても幸せになれそうだな」

という安心感も芽生え、私自身も通ってみたかったなあ、

と思う学校との出会いがたくさんありました。

いよいよ6年生のカリキュラムがスタートしました。

4年生の宿題イヤイヤ期と同等に

辛かったのがこの時期です。

受験へのカウントダウンが始まったというのに、

大人と違って子供にはまったく現実味がない。

加えて反抗期と親離れ。

一時的にですが親子関係も悪化しましたし、

塾にもご迷惑をおかけしました。

ただ、娘の逃避行動、親子のギスギスとは裏腹に、

模試などの成績が大きく下がることはなく、

むしろ全体的には少しずつ伸びていました

(なぜなのか未だにわかりません)。

そろそろ受験校を具体化しなくてはならない時期です。

ひよし塾に通い始めた頃は、

娘の性格はおっとりでおとなしめだと思っていたので、

落ち着いた雰囲気の女子校を中心に検討していました。

しかし、反抗期の始まりとともに個性が変化し、

6年生のはじめには

「私、⚫︎⚫︎部にはいるから」

と予想外のパフォーマンス系の部活に入るという宣言。

これまで部活に着目して学校見学をしていなかったので、

あらためて探し直さなくてはならなくなりました。

そのため、6年生の秋まで模試を受けながら

文化祭などあちこちの学校を巡っていました。

とても大変でしたが、この頃には娘の志向も

はっきりしてきたので、

娘の気持ちを第一優先にしながら

受験校を最終決定できました。

よく、時間的に余裕のある4年生のうちに

学校見学に連れていくべき…6年生になると

忙しくて行けなくなる、と聞きますが、

ひよし塾では6年生の段階での子連れ学校見学も

応援してくれる雰囲気があると思います。

4年生と6年生では、子供の目線もかなり変わってきます。

私個人としては、通う本人が納得いくまで

学校をよく見る方が、

模試よりも大事だと思うくらいです。

年末頃まで何度か面談を重ねながら、

出願までに最終的な受験スケジュールを決めていき、

2/1〜2/3まで無理ない内容で、

すべて娘本人が行きたいと思う学校だけで固められたとき、

中学受験における親の役割の80%は終えたな、

という実感がありました。

その頃には私も「偏差値」や「大学合格実績」

といった憑き物がすっかり落ち、

受験までにできることは出願をミスらないこと、

娘の体と心の健康をしっかり管理することのみとなりました。

受験までの最後の1ヶ月は、

とても穏やかに過ぎて行きました。

勉強は塾で個別ベースで見てくださるのでおまかせし、

親は過去問のコピーが足らなくならないように用意したり、

算数の間違った過去問を再度コピーして

切り貼りノートを作るくらいでした。

家では娘がリラックスできるように努め、

夕食時間には極力勉強の話はせずに

好きなアニメの話などをし、

娘も「うちはのん気だよね」

と笑うようなゆるい空気感でした。

これまで勉強をめぐる親子バトルは何度もありましたが、

最後の最後にいつもの我が家らしさを

出せたのは良かったと思っています。

2/1受験の朝、元気に第一志望の学校の校門をくぐらせたら、

いよいよ親のやることの95%は終了したなと達成感に包まれ、

隣駅に移動して映画を観てくつろぎながら待機しました

(2/1はファーストデーで鑑賞代が安いのでおすすめです)。

4年のはじめ、塾の算数の集団授業を待つ時は、

手に汗握るような感情だったことを思い出し、

比較して笑ってしまうくらい

肩の力が抜けた待機時間でした。

この学校の試験が不合格だったとしても、

どこも全部通わせたい素敵な学校だから、

あとはご縁が結果を出してくれるだろうと信じていました。

午前校の受験を終えてできてきた娘は

「とりあえず結果は自分で見られるわ」

と言ったので、やり切れたんだなと察しました。

この日はとてもいいお天気で、

カイロなども装着していましたが、

移動の電車が暑くて汗をたくさんかきながら

午後の受験校へ向かいました。

午後受験校の近くのファミレスへ

先に行っててもらった夫と合流し、

3人で昼食を済ませました。

午後は算数1科目受験なので、

ファミレスには算数の問題集を

解いている女の子が

たくさんいましたが、娘は

「算数は今更やってもしょうがないよ」

と参考書すら持ってこず、

ひたすらポテトを食べていました。

こちらの過去問は、1週間前にようやく合格最低点を

2点くらい上まわった程度だったので、

この様子だと落ちるかもな…とさすがに思いましたが、

試験を終えた娘は

「やれることはやったから、

これで落ちたらしょうがない」

とこちらも悔いのない様子でした。

2/1午前校の結果が出るのが午後7時。

夕食より早くその時間を迎えると、

娘はパソコンを独占し、1人で結果を確認しました。

「…合格!」

とガッツポーズをすると、

立ち上がってキッズケータイを握りしめ、

学校のお友達に電話をかけて報告

(親はなぜ!?と驚きました)。

そのあと塾に電話をして報告し、

数人の先生から代わる代わる

お祝いの言葉をいただきました。

午後受験校の結果発表は23時でしたが、

午前校の合格を得たことで

2/2午前は受ける必要がなくなったため、

娘は23時まで起きると言って久しぶりにゲームも解禁。

ゆるやかに発表時間を迎えました。

今度は家族3人で一緒にパソコン画面を見て

「合格!」。

再度娘本人が塾に電話をして報告。

最後に代わってくださった有久先生に

「じゃあ、明日からは普通の小学生に戻ってくださーい」

と締めくくられ、娘の中学受験は終了しました。

何年間も親子で奮闘し、泣き笑い、

悩み抜いた大冒険のような中学受験が1日で終わり、

これ以上ない結果に、ひよし塾の先生方と、

なにより娘には感謝と健闘を讃えたい気持ちです。

一方で、あまりにあっさり終わってしまったので

「もっと堪能したかったな…」

「(娘が得意な)国語の難しい問題が出る学校にも

挑戦してみて欲しかったな…」

など、つい一度捨てたはずの親の欲目が

顔を出す瞬間もありましたが、

余計なお世話なので口には出しません。

しかしそれより大事なことは、

この大冒険を通して、

やるべき時には腹を括って向かっていく

娘のたくましい成長を見ることができたこと。

そしてその姿を信じて尊重し、後ろで支える

親の役割を学べたことだと思います。

また、親としては全国テスト偏差値30から

スタートした苦手な算数が、

最終的には1科目受験に挑戦し、

合格をいただけたという事実は娘にとっての

生涯の勲章として欲しいと思っています。

穏やかに丁寧に指導してくださった小野内先生、

ありがとうございました。

そして通うことはなかったけれど、

「運に左右されず、頑張ってきた子が

等しく報われますように」

というコンセプトの算数受験を

設けてくれた学校にも感謝を伝えたいです。

試験会場に送り出して親の役割の95%は終わった、

と書きましたが、残り5%は、滞りない入学手続きと、

6年間きちんと学費を払い続けること。

今後はもうそれくらいしかやることはないと思っています。

4月を迎え、入学してもうすぐ2週間。

内部生が何割かいる進学先では

なかなかすぐにお友達ができず、

通学で体力的にも削られ、大変そうです。

数日は半べそをかいて

「小学生に戻りたい」

とボヤきながら宿題をしていましたが、

徐々に肝が据わってきて、

「私は私のペースでやる」

という覚悟ができてきたようです。

これもきっと中学受験という荒波を

くぐってきたからこその成長でしょう。

これから自分でどう人生を切り拓いていくのか、

その背中を見ていこうと思っています。

(余談ですが、入学直後に娘が疲れてボヤいている時に、

つくづく本人に進学先を決めさせて良かったと思いました。

これが親が「ここに行きなさい」と決めた進学先だったら

どうなっていたか…かなりの憎まれ口を叩かれていたかもしれません。

どこも素敵な学校なので、いずれ慣れることとは思いますが)

楽しくも厳しいひよし塾の先生方、

4年間ありがとうございました。

本当に大変なお仕事と思いますが、

先生方も変わらずお元気でいてくださいね。

【玉田より】

4年間ご通塾をいただき

ありがとうございました。

2年生10月の算数の対策授業は

よく覚えております。

そこから約4年間

成長する姿を近くで見られましたこと

本当に幸せでございました。

保護者様にお伝えした

「眩しくて見えません。」

は本心でございます。

通塾経験がない中

国語の文章題を全く苦にせず

取り組まれていました。

ここからまずは

繰り下がりの計算を徹底して

割り算のひっ算に備えて

なおかつ問題量をこなしていけば

成績はとれるようになると

思っておりました。

将来のことを考えると

お先真っ暗などの暗い表現が

使われますが

私がお預かりするお子様は

将来性が豊かなお子様が多く

先行きが不安というよりも

どこまで長所が伸びてくれるのかと

考えて接していると

やはりお預かりするお子様の

将来性を問われると

眩しくて見えないことが多いです。

4年生から本格的に4科目が始まり

月例テストは難なくクリアして

4年生下半期からは組分けテストに

取り組んでいただく姿は

2年生の下半期の姿とは

全く別人でした。

本当によく頑張っていただきました。

保護者様におきましては多くの学校に

足を運んでいただきありがとうございました。

塾では教科などのサポートはできますが

志望校の選定に関しては

塾はご提案まではできますが最終的に

判断していただくのはお子さま

その選択肢を提供するのは

保護者様になります。

土曜の学校見学は宿題が

滞るからいやだというお子様が

おられますが

学校見学は今後も後輩の保護者様に

生徒皆さんにお勧めするようにします。

1日午前の第一志望校合格は

素晴らしいことですが

それと同じくらい素晴らしいことは

1日午後の国語一科を受験せずに

算数一科を選択したことだと

思います。

私がお子様の立場であれば

1日午後は自分の得意科目で

勝負すると思います。

試験科目ではなく目標とする学校を

ぶれずに選択したことが

本当に素晴らしいと思います。

これからもこの受験で培った

主体性のある行動・選択を

続けていってほしいと願っています。

ご通塾いただきありがとうございました。

またお会いできることを楽しみにしています。

玉田