2024年合格体験記 受験生の親の立場で②
前回の続き
当塾は6年生の夏休み以降
複数回の面談を重ねて
受験校を決定します。
過去問の添削状況を見て
どうしても届かない場合は
こちらからお伝えすることが
ありますが
少しでも可能性がある場合は
その学校を受験していただくように
組み立てます。
その際には言葉遊びでは
ありませんが
保護者様、生徒に
それぞれの日程での第一志望校を
受験するということを
認識していただきます。
例えば2月1日の午前
たくさんの学校がある中で
選んだ第一志望校を
受験していただきます。
2月1日午後
移動した後たくさんの学校が
ある中での第一志望校を
受験していただきます。
他の日程も同様に
2月2日の第一志望校
3日の4日の…
というように
第一志望校は一つでなくては
ならないことなど一つもないと
考えて受験したい学校を
選び、それに向けて対策を
とります。
偏差値表はあくまでも目安として
学校側が提示する過去問の得点が
より場合はその学校との相性が良いと
みなして受験するべきです。
それを確認するためにも
過去問演習の問題用紙から
答案用紙まで厳しくチェックする
必要があり、細心の注意を
払うようにしています。
我が子の場合は学校見学や
過去問演習の結果
本人が三校に絞りました。
それを
○中学校
△中学校
□中学校とします。
1日午前○中学校
1日午後△中学校
2日午前○中学校
2日午後□中学校(☆中学校)
3日午前(◎中学校)
3日午後(☆中学校)
4日午前△中学校
4日午後
5日午前□中学校
講師からの視点では
この中で一番可能性の
低い学校は
2日午後の□中学校です。
対戦相手が強く、
受験の手続き率(歩留まり)が
高いため、学校側も
合格者を絞ってきます。
ではなぜ受験をするのか
5日の午前に受験する際の
入試本番の空気に慣れさせるためです。
5日に関しては倍率が
非常に高いのですが
我が子が受ける可能性があるのは
1日2日の午前○中学校
にご縁をいただけない場合です。
近年、情操教育が進歩して
ほめて育つ、厳しく注意されない
環境で子どもたちは育ちます。
合格が取れない場合のショックの
大きさは今まで経験したことのない
挫折感を味わい、
それが続くと立ち直るのに
時間がかかります。
5日の受験の前に
1日午後の△中学校で
ご縁があれば
3日4日の二日間で
我が子であれば立て直し
5日の前に休養を取り
対策を立てて自信を回復させて
本番に臨むことができると
考えていました。
あくまでも我が子にとって
これが実力を発揮しやすいと
考えた設計であり
各生徒の様子などを見て
受験スケジュールを組み立てます。
またそれ以外にも
全てうまくいかなかった時のために
複数の学校を準備していました。
一つは合格をいただき
失礼なことですが
その後、その学校に進学するか
もしくは高校受験に切り替えるか
本人が決めればいい
我が子の中学受験の
一つの修了証として
今後の人生に役立ててほしい
と考えていました。
中学受験の学習習慣が
高校受験時に役に立つのは
私が一番わかっています。
また合格を得られずに
地元の公立中学校に進学する気持ちも
経験しているのでわかります。
ただ、それは本当にもしもの時として
我が子には伝えていませんでした。
当日に入ります。
コロナ禍の中
学校前での入試応援は
自粛されていますが
当塾のような規模であれば
自宅最寄り駅が重なります。
昔から当塾は
入試応援というよりも
見送りをするために
各講師手分けをして
最寄り駅にて
お声がけをさせて
いただいております。
我が子に関しては
対面で声をかけることは
できませんでした。
中学受験塾の講師として
自塾の生徒を優先します。
1日~3日まで我が子とは
2日の午後、20分程度しか
会うことが出来ませんでした。
1日午前に合格する確率は
今までの状況から考えて
五分五分でした。
1日午後に関しては午前の出来に
よる精神状況に寄りますが
ご縁をいただけると
考えていました。
結果は
1日午後のみ
ご縁をいただくことが
できました。
面倒見の良い学校で
瞬発力はありませんが
コツコツ積み重ねることができる
我が子にとっては良い学校です。
ただ、本人は2日午前
5日午前の学校に向けて
準備してきた手前
全ての学校で
ご縁がいただけるように
2日目も受験会場に向かいます。
1日目にご縁がなく
2日目に偏差値が上がる学校を
受ける場合、
不安が強くなりますが
1日がだめでも2日目3日目で
合格してくる生徒は
例年たくさんいます。
自分より得点が
取れたライバルは
合格しているので
2日目3日目には
いなくなります。
ボーダーにいる時点で
同学年の競争です。
必ず結果がでるという言葉を
我が子には電話越しに
発信しました。
2日目は午前も午後も
ご縁をいただくことは
ありませんでした。
午前の学校は合格発表が
前倒しになっていたため
私が先に確認をしてしまい
早めに切り替えさせるために
伝えることとなりました。
こういううまくいかない、
苦戦している場合は
親は近くにいて
「お前が中学受験をさせたから
こんな苦しい気持ちになっているんだ」
などという言葉とともに
大声で泣き叫んで当たられることや
一緒に感情を共有させることが
できる時間を持つべきでしたが
仕事柄それはかなわず
妻に任せることにしました。
2日夜には現状を受け入れて
5日に向けて頑張るという
連絡が入ってきたのですが
受け入れるには早すぎると
考えていました。
3日午前は対策を
取ることはできず
気持ちを落とすだけ落として
気分が上がるだけの状況にしました。
気分が上がらないことはないのかと
思われるかもしれませんが
本気で頑張ってきた生徒は
必ず立ち直ってくれます。
その後、○中学校の4日試験を
受けたいということで
急遽対策をとることにしました。
4日の試験は傾向が違うため
避けていましたが本人が
受験したいという気持ちがあり、
3日の午後の時間があるとなれば
対策をとり、全力を出し切って
すっきりしたうえで
4日午後から5日の対策に切り替えれば
何とかなると考え
午後から塾に来て
翌日の対策を取りました。
結果、4日の夕方に
○中学校とのご縁を
いただくことになりました。
1日の午前にご縁を
いただくことは
とても素晴らしいことで
われわれもそれを願って
塾生に接しています。
ただ、この4日間
上手くいかない時間の中で
葛藤し、もがき苦しんだうえで
自分で進路を切り拓いたという経験は
12歳には経験する機会が少なく
今後の人生において
かけがえのないものになるのでは
ないかと考えています。
以上親の立場としての
中学受験はここで終わりになります。
本当に先生方、関係者の皆様には
お世話になりましたことを
この場を借りて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
また卒業生、在塾生の保護者様
日々の体調管理や食事の準備
さまざまな名称のないサポートなど
本当に「おかげさま」の上で
中学受験は成り立っていると
考えています。
この場を借りて
ご協力いただいておりますこと
心より御礼申し上げます。
我が子との中学受験生活は
終了となりました。
ここからは我が子が
成長するということは
親との距離はどんどん
離れていくと思います。
手は離しますが
目は離さず
木の上に立って見ていきたい
と思います
と書けば妻から
いつ手をかけていたのだと
つっこまれると思います。
余談になりますが
4月1日に東急バスのダイヤ改正が
ありました。
それを眺めながら我が子と乗った
22時台のバスがなくなっていると思い
なんだか一つの区切りになったよ
と妻に言ったところ
実は私が誤って
日吉発綱島行きのダイヤではなく
綱島発日吉行きのダイヤを
見ていただけでした。
普通に22時台のバスは
ありました。
たまにはその時刻のバスに乗って
我が子との時間を思い出します。
玉田