2025年 合格体験記 保護者様①

「ここに通おっか~!」
ロボット教室の体験を終えた息子が、
目をキラキラさせ、
親の横をひょこひょこ
飛び跳ねるように歩きながら
話していた日から
6年以上。

息子は、ひよし塾の先生方の
魅力に惹かれ続け、通い続けました。
中学受験をすることになったのも、
きっかけは
"ひよし塾に通いたいから"でした。

自分で受験を決めた手前、
当初から宿題は真面目に
取り組んでいました。
ただ4年生頃は、
宿題の範囲以外は
進んで勉強しようとは
しませんでした。

また、家で親から
教えられることを
極端に嫌がっていたため、
私は何も手を
出さないままでいました。

面談の時、
そうした状況をお伝えすると、
その後、塾でそれとなく、
課題が増やされていたようです。

息子は、
「お母さんが塾の面談に行くと、
課題が増えるんだよね~」、
「ちゃんと無理がないか確認しながら、
課題を増やしてくれてるんだ」と
笑いながら、嬉しそうに話していました。

私たち夫婦は
関東出身ではない上に、
中学受験をしていないので、
どの学校を目指せるのか、
どの学校から見学に行ったらいいのか、
最初は五里霧中の状態でした。

面談でお聞きしたところ、
偏差値一覧表を見せていただきながら、
「この辺りの学校に行ってみて下さい」
と、ある偏差値帯を
示されました。

当時の息子の月例テストの
偏差値よりは、高い偏差値帯でした。
戸惑いながらも、
先生には何か確信があるに
違いないと信じ、
行動を開始しました。

コロナ禍の影響がまだ残っており、
全ての学校が通常通りの文化祭を
実施していない時期でしたが、
行ける所から、
足を運んでみることにしました。

4年生から、
息子と共に訪れた学校は計11校。
気になる学校は複数回訪れ、
その数は計22回になります。

文化祭や説明会に参加し、
生徒さんたちから直接
学校生活について、受験勉強の仕方、
併願校について話を聞きました。
直接話を聞くうちに、
目指したい学校が
決まっていったようです。

5年生の秋頃には、
息子なりに併願パターンを決め、
先生にもお伝えしていました。
ただ、自分の意志で
目指す学校を決めたのは良いものの、
親としては、高望みになっていないか、
無謀な挑戦になっていないかが
気がかりでした。

面談でそのことを
有久先生にお話しすると、
息子の志望校の一つに
合格された過去の生徒さんが、
今の息子と同じ時期にどんな成績だったか、
個人情報を隠した状態で見せて下さいました。
決して無謀な挑戦ではないことを、
数字で示していただくことで理解でき、
安心しました。

もう一つ、私がどうしても
気がかりだったのは、息子が決めた
併願パターンの中には、
一つも午後受験が
含まれていないことでした。

このままでいいはずがない、
全敗は避けてあげたい、と思い
ネットを検索すれば、
"併願ミスは親の戦略ミス"
といった不安を煽る
言葉が目に入ります。

そんな中、6年生の春頃の面談で、
第1志望校を午前に受けた後の、
午後受験としてどうか、
と勧められた学校がありました。
午前校から午後校までの移動は
もちろん、大学進学率なども
考慮して勧められた学校なのだと、
面談からの帰宅後、調べて分かりました。

ちょうど合不合テストの会場として
選択できるタイミングだったので、
息子にその学校のことや、
合不合をそこで受けてみないか、
話してみました。

すると、最初は黙って話を
聞いていた息子の表情がみるみる変わり、
「自分が行く気のないところを受ける気はない!
お母さんは全敗を気にしてるけど、
全敗したら何も得られないなんてことは絶対にない!
勉強することで、学力はついているし、
経験はちゃんと残るはずだ!」
と涙ぐみながら激しく怒り出しました。

そこまで考えているなら、
親はもう腹を括るしかない
何があっても受け止めるしかない
と思った出来事でした。
この一連のやり取りは、
次の面談で玉田先生にお伝えしました。

こうして、頻繁に面談が
設定されていたおかげで
息子のことだけでなく
親の揺れる気持ち
不安な気持ちまで
その都度お伝えし
毎回助けられていました。

勉強については、一切の口出しや
手出しを拒否されていたので、
その点についても、
「こちらで見ます」
と力強い言葉をもらっていました。
勉強面の全てを塾にお任せし、
私はひたすらマネージャーとして
息子の受験に関わっていました。
こうして息子と程よい距離が
保てていたのは、
親子共々、精神的に
安定した受験を続けるのに
プラスに働いたと思ってます。

あっという間に
過去問演習の時期を迎え、
第2志望校から取り掛かったものの、
最初はすぐに点が取れませんでした。

そんな中、毎回書かれている
玉田先生からの総評に、息子だけでなく
私までもが励まされる日々でした。

第1志望校の過去問演習の後、
第3志望校の過去問に
取り掛かり始めましたが、
初めて息子が、
「ここの問題を、時間に
追われながら解くのが辛い」
と弱音を吐きました。

玉田先生に相談してみないか提案すると、
「もう少しやってみたら傾向が
つかめるかもしれないから、まだいい」
との言葉が返ってきました。

しかし、何回解いても状況は
好転しないらしく、とうとう
「とにかく解くのに時間が足りない」
「ここの対策が、第1志望校対策に
繋がっている感じがしない」
と吐露し始めました。

第3志望校の過去問と
向き合う理由が見い出せず、
苦しみ、止めたくて仕方がない
様子が伝わってきました。

私からは、午後校を受験しない以上、
受験は何があるか分からないし、
ここの対策をしないわけには
いかないのでは、と話しました。

すると今度は、
「もしここだけ受かっても
行きたい気持ちにならない」
「こんな問題を出す先生がいる学校は嫌だ」
と、感情を荒げながら
話していました。

家での様子や会話の内容を
玉田先生にメールでお伝えし
息子と話してもらえないか
お願いしました。

すぐに息子と時間を取っていただき
話し終えた後の息子は
まるで憑き物が落ちたように
スッキリした表情をしていました。

聞くと、
第1、第2の志望順位が高いため
そちらを優先するべき
1日第2志望校が合格した場合
3日の第3志望校を最終に
1日に苦戦した場合は
3日の第3志望校は回避で
4日5日の対策に時間を充てよう、と
話していただいたとのこと。

メールでも、お返事をいただきました。
1日に苦戦した場合の
第3志望校回避という選択肢は、
家族の中だけで話し合っていても
出ない選択肢でした。

そして再び、第1志望校の
過去問演習に戻りました。
それからは、ただひたすらに
第1志望校の過去問と向き合う
息子の後姿を見守り続ける日々でした。
志望校を目指す
痛々しいばかりの息子の熱意に、
私は時折胸が張り裂けそうに
なりながら過ごす日々でした。
そこからは、まさにあっという間に
1月、2月の受験の
本番シーズンを迎えました。

どの試験日でも、先生方が
寒い早朝の駅で待っていて下さいました。
そして、改札を通ってからも
姿が見えなくなるまで
大きく手を振って
見送って下さいました。
親子共々、その姿に支えられ
勇気をもらいながら
会場に向かっていました。

2月1日と2日の夜は両日共に
「やり切った」「思いっきりやれた」と
話した後、泥のように
眠りに就いていました。

結果は、第1志望校は不合格
第2志望校は合格
第3志望校は繰り上げ合格でした。

あれだけ熱望していた
第1志望校が不合格でも
本人は至って冷静で、
こちらが拍子抜けする程に
あっさりと納得していました。
さっさと前を向く姿に驚くと共に
成長を感じずにはいられませんでした。
これは、悔いなく戦えたから
ゆえの反応なのだと思います。
その悔いのない戦いは
ひよし塾だったからこそ
できたと思っています。

他塾では、
質問に答えてもらう時間がない
〇〇特訓に入らないと
特定の学校対策ができない、
課題をこなすために
個別授業を取ったり
家庭教師をつけたり
しなければついていけない、
と聞いたことがあります。

一方ひよし塾では、
〇〇特訓に入らなくとも
学校別対策をしていただけました。
完全に息子にカスタマイズされた状態で
それはまるで個別指導塾さながらでした。

また、自習に行けば
専任の先生にみっちり教えてもらえます。
息子は
「何人かで有久先生をシェアしてるんだ」と
よく笑いながら話していました。

学習面だけでなく、メンターとしても
息子を最後まで支えていただきました。
塾の帰り道、一緒に歩きながら
その日の授業であった面白エピソードを
よく話してくれました。
その様子を楽しそうに再現してくれる息子は、
心底ひよし塾を満喫していました。

ある時は星座を見つけながら
寒い日は焼き芋で暖を取りながら
取りとめのない話をしながら
親子で夜道を歩く日々でした。
この先、こんな贅沢な時間は
訪れないだろうと思うと
今は少し寂しさを感じています。

ロボット教室の体験の帰り
親の横をひょこひょこと歩いていた息子が、
ただ前をのみ見つめながら
歩くようになるまで、
成長を見守り続けて下さり
本当にありがとうございました。
先生方のご健康と
ひよし塾の益々のご発展を
心から祈念いたします。

【玉田より】

子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者

論語の一文を引用しましたが
お子様にぴったりの言葉です。
私の中では社会の授業を
担当するときに
お子様が参加されている
フィールドワークの引率時に
常にこの言葉が頭の中に浮かびました。

あることを理解している人は
知識があるけれど、
そのことを好きな人には
かなわない。
あることを好きな人は、
それを楽しんでいる人に及ばない

お子様は新しく物事を知ることや
新たにできることが増えることに
喜びを感じてくれていたのかと
思います。

その背後にはできなかった時の
くやしさなどが隠れていたと
思いましたが
本当に最後まで目標に向けて努力を
続けてくれました。

今後あらゆる場所で
中学受験勉強で培った
勉強を楽しむという土台は
どんどん精神的な成長とともに
堅固になると思います。
本当にこれからが楽しみです。

面談時の志望校の提案は
達成可能な学校ばかりであり
その時点での偏差値よりも
今後どのように伸びていくか
そのうえでどのような学校に
進学すれば6年間または
10年間心身ともに健康に
成長していただけるかを
考えておりました。

ロボット教室のころに
説明書をもとに組み立てた後
自分でオリジナルロボットを
つくるなど
0から1を創り出すことを
楽しんでいる様子を
見ておりました。

ひとえに保護者様の
サポートがあったからだと
思っております。

また早めに学校見学を
していただき
通塾のゴールを事前に
イメージできる状態に
していただいていたこと
ありがたく思います。
今後も4,5年生時に幅広く
学校見学をして欲しいと
お伝えしていきます。

目標がある程度
定まったらこちらの
課題の出し方も工夫できます。
面談時にはいろいろ
ご家庭の様子をお知らせいただき
ありがとうございました。

1,2日の文系科目の傾向が似ていて
3日だけ少し傾向が違いました。
途中苦しくなったのはその傾向に合わせる
時間があれば第一志望校の傾向に合わせたい
気持ちが強かったからだと思います。

お子様が感じるほど傾向が
合わないということはありませんでした。
合格して選択肢を広げてもらえれば
と思っていました。

本当に最後まで
よく頑張ってくれました。
ロボット教室から約6年間
ご通塾いただき
ありがとうございました。
講師冥利に尽きる時間でした。

今後のご健康とご多幸を
お祈り申し上げます。

何卒よろしくお願いします。

玉田