2025年 合格体験記 生徒①
僕がひよし塾に
出会ったのは、年長の時、
ロボット教室の体験に行った時です。
それから6年以上、
ひよし塾にお世話になりました。
ロボット教室では、
とにかく作ることが楽しくて、
1年生の時には
ロボット教室の
オリジナルロボット
コンテスト関東大会にも
出場出来ました。
大勢の前で発表出来たことは、
貴重な体験でした。
3年生の頃、ロボット教室を続けるか
どうしようか迷った時、
僕は、ロボット教室をやめて
ひよし塾に通わなくなることが嫌で、
本科に入ってみようと思いました。
その時、小野内先生から、
「受験は大変だよ?本当にいいの?」
と心配そうに
聞かれたそうですが、
僕は全く覚えていません。
母によると、
「大丈夫~!」と笑顔で答えていたそうです。
今思えば、小野内先生の心配した通りでしたが、
最初は、玉田先生と個別で
勉強するのが楽しかったです。
新4年生になって集団授業が始まると、
明らかにこれまでとはモードが変わったことに
気が付きました。
最初は戸惑い、時には大変だと思いました。
そんな中、4年生の6月頃、
家族で海外に引っ越すかも
しれない事態が持ち上がりました。
僕は、このままひよし塾に通って
受験をしたい、と両親に伝えました。
この時僕は、中学受験を最後まで頑張り抜くと
はっきりと心に決めました。
5年生の春頃、文化祭に行った学校で、
ある生徒さんから沢山話を聞きました。
その時、
「(勉強が)ゼロの日をゼロにすることが大事。
それが、後で必ず力になる」
と言われました。
僕はその言葉がとても心に残ったので、
その通りに頑張ろうと決めました。
その学校が、
僕の第1志望校になりました。
そこ以外にも、
色々な学校の説明会や文化祭に行きました。
それらのどの学校でも、
「5年生は基礎固めの時期だよ」
と生徒さんたちから
言われました。
5年生の間はその通りに、
ひたすら基礎固めをしていました。
5年生の秋頃には、
行きたい学校が決まってきて
自分なりに、
2/1 A校(第2志望校1回目)
2/2 B校(第1志望校)
2/3 C校(第3志望校)
2/4 A校(第2志望校2回目)
2/5 D校(第4志望校)
を受けたいと思いました。
それに向けて、頑張ろうと決めました。
新6年生のはじめ、
玉田先生が監修した
「中学3年分の総復習社会」
をやってみました。
解いたものを先生に提出したら、
"ここは必要"、"ここは不要"、
"ここは○○で出る"、と
他にも詳しいコメントを
沢山書き込んで返してくれました。
さらに、C校の学校別対策プリントをくれました。
学校名が書かれているのを見て、
僕はテンションが上がりました。
嬉しくなって、
どんどんそれをやり続けました。
C校の学校別対策プリントは、
他にもやり始めた仲間がいました。
徐々に追い上げてくる仲間のスピードに、
脅威を感じながらやっていました。
いよいよ抜かれるかもしれないと
恐怖を感じた時に、有久先生から、
B校の学校別対策プリントを渡され、
切り替えることになりました。
B校に向けて対策を出来るのは
とても嬉しかったですが、
同時に、仲間にC校のプリントの進度を
抜かれてしまうのは悔しかったです。
夏頃には、社会の記述の特訓も
してもらいました。
最初はなかなか出来なかったけれど、
少しずつ、出来るようになってきました。
また、夏休みの前くらいに、
ずっと続けていたパズル道場で
師範になりました。
師範になれた達成感が、
夏頃の勉強を後押ししてくれました。
9月に、A校の冠模試がありました。
その時、社会の順位が1位になったことが、
大きな自信に繋がりました。
玉田先生との記述の特訓の
おかげだと思いました。
9月から過去問が始まると聞き、
どんな生活が始まるのかと
漠然と不安に思っていました。
けれど、実際に過去問演習が始まると、
玉田先生と有久先生のコメントに励まされて、
段々と過去問や、
過去問と一緒の生活に慣れていきました。
B校は記述が多い学校で、
時には、上手く記述を
書けないことがありました。
そんな時でも、玉田先生や有久先生が
根気強く添削してくれたので、
少しずつだけれど、
書けるようになっていきました。
1月校の受験初日、早朝の駅に、
赤い彗星(赤いダウンジャケット)の
有久先生を見つけました。
見つけた時は本当に嬉しかったです。
その時、
「いつも通りやっておいで」
「一教科一教科切り替えて」
とアドバイスをくれて、
送り出してくれました。
結果は残念でしたが、
玉田先生から
「いい薬になると思って頑張って」
と言われました。
2校目の1月校の受験の日は、
日吉駅で、小野内先生と齋藤先生が
送り出してくれました。
結果は合格でした。
本番で、本当に合格をもらえて、
少しホッとしました。
合格通知書は、自信と勇気が出てくるので、
目につく所に飾っておきました。
1月中は、ほぼB校の過去問を
やっていました。
午前中に過去問を解いて、
午後に塾に行き、
先生方に見てもらうのを
繰り返しました。
すでに2025年度の試験が
終わった他県の学校の問題を、
「2月1日と2日の対策だよ」、
「記述の練習になるよ」と
玉田先生から渡されたりもしました。
待ちに待った、
玉田先生との社会の個別特訓、
その名も"精神と時の部屋"は、
楽しくて仕方がありませんでした。
2回目の"精神と時の部屋"は、
同じくB校を受ける仲間と一緒に
受けました。
とても充実していて、
あっという間に毎日が
過ぎていきました。
そして迎えた1月31日の壮行会。
先生方から、
様々な言葉をいただきました。
僕は、全ての言葉をメモしました。
どれも、自信の湧いてくるメッセージや、
アドバイスでした。
僕は、家に帰ってから、
本番直前に見返したい言葉を書き写して、
受験票と一緒にはさんでおきました。
2月1日、日吉駅の銀玉の前には、
玉田先生、赤い彗星、小野内先生、
齋藤先生が勢揃いしていました。
どの先生から話していいのか
分からなくなりました。
小野内先生からは、
眠れたかどうか聞かれました。
齋藤先生からは、
朝食が食べられたかどうか聞かれました。
玉田先生からは、
国語の具体的なアドバイスを、
赤い彗星からは、
「理科の時間配分に気を付けるように」
とアドバイスをもらいました。
午後校は受けなかったので、
試験の後は塾に行って、
翌日のB校対策をしました。
A校の結果は合格でした。
塾に電話をかけたら、
電話を各先生にかわってもらい、
お祝いしてもらいました。
2月2日、銀玉の前に、
玉田先生、赤い彗星がいました。
有久先生の赤い彗星ダウンジャケットは、
遠くからでもすぐに見つけられるので、
見つけるたびに支えられている感じがして、
嬉しくなっていました。
玉田先生は、
「自分がこれまでやってきた方法
でいつも通り解いておいで」
赤い彗星からは、
「沢山対策してきたし、周りの人
よりも一番過去問の演習量が多い
と思ってやっておいで」
と言われました。
前日にA校の合格をもらっていたので、
思い切り取り組めました。
この日も、午後校は受けなかったので、
試験の後は塾に行きました。
翌日のC校は、受かったとしても
行く気はなかったけれど、
自分自身の受験の集大成のためと、
ひよし塾の実績のために
合格を勝ち取ろうと思い、
対策をしました。
2月3日、3日連続で、
銀玉の前に玉田先生と
赤い彗星がいました。
2人とも、「思い切りやっておいで」
「自分が正しいと思ったことを書いておいで」
と言って送り出してくれました。
この日は楽しんで受けれました。
思い切りやって、出来た手ごたえも
ありました。
試験の後、昼食を食べている時に、
前日のB校の合格発表を見ました。
結果は残念でした。
これまで、過去のひよし塾の
合格体験記を読んで、
不合格の後は涙が出て来るものなのかと
思っていたのですが、
不思議と涙は出ませんでした。
むしろ、すんなり受け入れていました。
自分でも理由はよく分かりません。
翌日出たC校の結果も、残念でした。
ところがC校は、結果発表の3日後に、
繰り上げ合格の連絡が来ました。
過去問を解いていた時には、
一度も合格最低点を超えたことがなかったので、
連絡を受けた瞬間は嬉しかったです。
ただ、受験する前から、
C校よりA校に行きたかったので、
入学は断りました。
どこに行くのか聞かれたので伝えたら、
電話の向こうの教頭先生は
少し残念そうでした。
玉田先生に合格を伝えると、
玉田先生は
「スッキリしたやろ~」
と喜んでくれました。
「Cを蹴ってAに行くのはカッコいいな」とも
言われました。
これから入塾を考えている人や、
まだひよし塾を知らない人に、
僕が声を大にして伝えたいのは、
"ひよし塾は、調子がいい時もそうでない時も、
もっと高みを目指したい時も、
生徒を決してひとりにせずに、
とことん付き合ってくれるところだ"
ということです。
集団塾だけど、完全に
一人一人に合わせて付き合って
くれるところが、ひよし塾です。
また、僕がパズル道場をやり続けたように、
自分のやりたいことを、
とことん追求させてもらえたりもします。
僕は、ひよし塾だったからこそ、
悔いのない受験が出来たと思っています。
先生だけでなく、
仲間にも恵まれました。
切磋琢磨出来る仲間、
戦友が何人もいました。
いつからか、何人かと、
塾での自習中や、
模試、試験会場で会った時、
お互いにうなずき合うという
合図を送り合うように
なっていました。
そうやって、
無言の合図を送り合いながら、
僕たちは頑張り抜きました。
僕の夢は、大学生になったら、
パズル道場とロボット教室の
アルバイト講師として
ひよし塾に戻って来ることです。
時々、ホームに帰りたくなったら、
立ち寄らせて下さい。
長い間、本当にありがとうございました。
完
【玉田より】
ロボット教室の頃より
ご通塾いただき
ありがとうございました。
幼稚園の年長さんの頃は
本当にかわいらしい
お子様でした。
それが6年生になるまでに
みるみるたくましくなって
いったこと
近くで見られたこと
私の財産です。
3年生の頃は
自分で踏ん張って考えて
答えを出す姿を
頼もしく思っていました。
今後集団授業になり
再現性を求められるように
なると板書やノートを
取り始めてくれると思っていました。
4年生の時に
海外に住むかもしれないという
話が出たときに
非常に残念ですが
このような経験はないだろう
明るく送り出そうと思いました。
残って受験勉強を頑張るという
決断をしたこと
ご家庭がその意志を
尊重してくださったこと
本当にうれしく思います。
志望校がある程度固まり
そこに向けて夏場に
取り組む量を増やすことが出来たのは
勉強に対して常に前向きに
授業に積極的に参加してくれていた
からです。
秋ごろからは過去問演習と
対策プリント、カリキュラムの
消化と忙しい毎日だったと
思います。
本当によく取り組んで
くれました。
1月入試が始まり
全部合格をすると
少し気が抜けることが
あります。
振り返ると
前向きに1月後半で
ペースを上げる結果に
なったと思います。
1月後半は常に
新しい過去問と
添削後の解き直しの
提出をしていただきました。
こちらも全力を尽くしました。
精神と時の部屋は
あっという間でしたね。
また素晴らしい仲間と
切磋琢磨できたことも
勉強する刺激になったと
思います。
言葉のドッヂボール
こちらも楽しませていただきました。
入試結果は
全部合格できなかったけれど
素晴らしい進路を得たことは
本当に素晴らしいと思います。
繰り上がりの報告を
受けたときの
「すっきりしたやろ~」
はあきらめずに取り組み続けたことの
結果が出たことに対して
「カッコいいな」
はもし僕が同じ立場に
なったらぐらぐら揺らいだと
思いますが
スパっと決断をした
その行動に対して凄いと
思ったからです。
本当によく頑張ってくれました。
夢を実現できるように
これからも
お子様を大勢の中の一人にしない
というコンセプトを持ちつつ
6年後お待ちしております。
心身ともに健康に
充実した6年間を過ごし
また後輩に前向きなアドバイスを
できるように成長した姿を
見せてください。
本当にご通塾いただき
ありがとうございました。
またこれからも
帰り道に寄ってくれることを
お待ちしております。
赤い彗星をとことん
押してくる合格体験記
面白かったです。
豊かな文章表現力は
受験勉強で培った記述の練習と
膨大な読書量の結果だと
思います。
これからも学校生活で
何か書く際はとことん
突き詰めて表現してください。
楽しみにしております。
何卒宜しくお願い致します。
玉田